大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成元年(ラ)11号 決定

抗告人 株式会社 静和

右代表者代表取締役 阿部久彌

右訴訟代理人弁護士 魚住裕一郎

相手方 有限会社石岡住宅

右代表者代表取締役 清水絹代

主文

一  本件執行抗告を棄却する。

二  抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一  本件執行抗告の趣旨

「原命令を取り消す、との決定を求める。」

二  本件執行抗告の理由

別紙記載のとおりである。

三  当裁判所の判断

1  いわゆる短期賃貸借契約に基づく占有権原に関する抗告人の主張について

しかし、右の点に関する抗告人の主張と一件記録とによれば、右の短期賃貸借において、賃借人地野千代吉(以下「地野」という。)は、賃料一か月金五万円の三年分すなわち金一八〇万円を前払いし、かつ、その賃料の約一二年分(一四〇か月分)に相当する金七〇〇万円の敷金をも同時に賃貸人崎濱フミ子に対して支払ったものであること、右地野は貸家業を営むものであること、右短期賃貸借に関する昭和六一年一〇月二日付け公正証書作成の際の賃貸人崎濱フミ子の代理人は不動産取引業を営む佐々木正であったこと、右昭和六一年九月二九日付けの短期賃貸借についての不動産登記簿上の記載とみられる同年同月三〇日東京法務局品川出張所受付第三二七四七号の賃借権設定登記に関する部分には、借賃一か月金二万五千円、支払期毎月末日、存続期間昭和六一年九月二九日から五年間との、抗告人の主張と異なる記載があること、抗告人主張の転貸借契約の日は、前記短期賃貸借の日あるいは右登記簿記載の日の約二〇日の後である同年一〇月二〇日であること、抗告人が転借に際し、転貸人地野に一時払いした金員は敷金五〇〇万円のみであって賃料は月払いであること、右転貸借に関する登記は経由されていないことが窺えるのであって、右の事実関係によれば、抗告人主張の短期賃貸借は、民法上のいわゆる短期賃貸借保護制度を濫用したものとして、無効というべきである。したがって、右短期賃貸借に基づくと主張する抗告人の転貸借もまた本件建物の買受人であることが記録上明らかな相手方に対抗することができないものである。

よって、いわゆる短期賃貸借に関する抗告人の前記主張は理由がない。

2  留置権に関する抗告人の主張について

しかし、不動産引渡命令は、競売事件記録によって認められる事実関係に基づいて発せられるものであるから、右不動産引渡命令に対する執行抗告は、原審競売事件記録において認められない事実関係を理由としてこれをすることはできないと解するのが相当であり(東京高等裁判所昭和五九年九月二一日決定・判例タイムズ五四四号一三一ページ参照)、留置権について新資料が抗告審で提出されてもそれを考慮することはできないものというべきである(なお抗告人の主張と抗告人が当審においてはじめて提出した新資料によれば、抗告人は、前記昭和六一年一〇月二〇日の転貸借後の同六二年二月一六日に西大井床改修工事のために金二三万六三〇〇円を、同年三月三一日に西大井床張り工事と看板解体及び捨代金のために金一四万〇四〇〇円を、さらに同年五月二五日に解体材片付け及び捨代金、木材費及び建材費、大工手間賃及び経費として金二万六二〇〇円をそれぞれ有限会社遠藤建設に対して支払ったことが窺えなくもないが、右各出費が本件建物につき、そのどの部分にどのような仕方で実施された工事等のためのものであるかを明らかにすべき資料はない。そして、民法上の留置権は、ある建物に関して何らかの出費がなされたことだけから成立することとなる権利ではなく、同法二九五条に定められた要件が充足されたときにはじめて成立するものであるところ、本件においては、同条一項の債権を抗告人において有することを窺うべき資料は何もない。)。

よって、抗告人の留置権に関する主張も理由がない。

四  以上のとおり、本件建物のいわゆる短期賃貸借が無効のものであるとともに、転借権は右建物の所有者に対抗できないものであり、留置権に関する抗告人の主張も失当であるから、抗告人が本件建物に対する占有権原を主張して相手方に対抗し得るとする根拠はない。

五  そうすると、抗告人の本件執行抗告はその理由がないから、これを失当として棄却し、抗告費用は抗告人の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 寺澤光子 裁判官 仙田富士夫 市川賴明)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例